名花ビルヒニア・ルケ死去

わが国にも何度かやって来たビルヒニア・ルケさんが、この6月3日に亡くなったとの発表があった。BsAs在住の方からもメールがあった。

最期の頃には、フジヤマの歌で楽しませても貰った。ありがとうと言って、ご冥福を祈ります。

寒暖の差が激しい気候が続いています。皆様には、健康にご留意下さい。  探戈楽人

 

藤澤嵐子さんも亡くなられて

引退をされてから、消息を殆ど聴かなくなっていた、藤沢嵐子さんが、亡くなられていた。今月(2013年8月)22日とのこと。

因みに、1925年7月21日の生れなので、享年88歳ということですね。

楽人が最後に聞いたコンサートは小樽でのものだった。その後も、北海道に来られていたが、楽人がタンゴを離れていた時期であり、せいぜい旭川駅通過時に列車まで、お好きだと言われた、駄菓子のスアマを差し入れた記憶くらいしかない。

ピアソラ来日の時の公演のCDを聴いて、ご冥福を祈りました。

 

 

エドワルド・ファルー氏が亡くなられて

暑さに紛れて、あちこちネットサーフインをするのを忘れていたら、今朝になって、この8月9日にブエノス・アイレスでエドワルド・ファルー氏が亡くなられたのを知りました。

フォルクロレのマエストロなので、ゴタンの中庭にどうかと思ったのですが、彼の名作のサンバ・デ・ラ・カンデラリアの訳ものせているので、ま、お許しを願います。

ファルー氏とは、昔、氏が札幌、旭川と公演の関係で1週間ほど北海道に滞在された時、彼の演奏時間と、小生の公務の時間以外は、朝から朝(?)まで遊び歩いたものでした。真冬でしたが、その遊びっぷりに、MCとして同行していた、山本満喜子さんが、あきれ返っていたものでした。あげく氏の予備のギターを売るのを手伝ったりして…。若い日の思い出です。(他のプライベートは、極秘です?)。

その満喜子さん(元勲山本権兵衛氏の孫娘)は、キューバと縁のある方で、若い頃の恋の逃避行や、独立後は、キューバのサトウキビ刈りのボランティアを募っておられました。キューバで働いた若者が、終って帰る時、北海道へ帰ると聞くと、必ず小生当ての紹介状を持たせたようです。その中の一人に、小生の教え子がいて、彼は、学校まで改めて訪ねて来て、「なんだか紹介されて来るなんて、変な気分」と言っていました。その満喜子さんは1993年7月24日に、メキシコのアカプルコで亡くなられました。

今朝、中庭に上場したのが、「フィデルに捧げるミロンガ」でキューバのカストロ議長に捧げた曲でした。その後に、ファルー氏の死を知り、思いが満喜子さんに拡がり、キューバ絡みになって、不思議な気がしました。

大勢のタンゴやフォルクロレの内外の知己が、亡くなられています。丁度お盆でもあり、なにかの縁かと、皆さんを、思い出して過そうと思っています。

残暑まだまだ厳しいと思います。散歩者の皆さんには、お元気で、この異常な気候を乗り切られますように祈念しております。 では、また。

 

 

ガルデル週間として

お気づきかも知れませんが、16日からガルデルが歌った歌や、ガルデルを称える歌を載せています。

それは、6月24日が、ガルデルの祥月命日だからです。溜まっていたガルデルが歌った歌と、ガルデル賛歌を少し連続して載せています。

後数日載せる予定です。もう、あまりガルデル絡みのリクエストが無くなって来たことにもよりますがね。時代は、変っているんですね。

ガルデルも、あれほど有名なのに、いや有名だからか、生れた年も生れた場所も分っていません。また、1935年6月24日亡くなったのは、飛行機事故で明白ですが、その遺体(当時は土葬)がどこにあるのかも明確でありません。(大きな説は2つですがね)。

また、どの本も、あまり触れたくない様で、明確に書いたものもないようです。(こっちが見逃しているのかもしれません。)

隠したい人がいるなら、それでもいいかなと思いますが…知りたいと言う思いも…これも人情でしょうか。

それでは、この数日、ガルデル関連の歌詞にお付き合いください。